アドバイザー
吉田賢右 教授(京都産業大学総合生命科学部
生命システム学科);専門は生化学(ATP合成酵素、シャペロン)
森田清三 特任教授(大阪大学
産業科学研究所);専門は表面科学・ナノテクノロジー(真空AFM・原子操作)
石渡信一 教授(早稲田大学先進理工学部物理学科);専門は生物物理学(モータータンパク質、1分子観察・操作技術)
2014年度講評(2010−2014年度全体の活動に対する講評)
講評1.
1.センター全体の5年間の活動に対する総評
バイオ研究の歴史を振り返ると、新しい研究手段・技術の開発によって、新しい発展がもたらされている。近年のタンパク質の研究においては、発現および変異導入技術(recombinant
DNA)、精製法(His-tag
etc)、放射光によるX線結晶解析、核磁気共鳴(NMR)、質量分析器による解析、1分子蛍光観察技術、などの開発が、その都度、未開の研究領域への進出を可能にした。しかし、まだ開発を待たれている技術がある。構造と動きを、空間・時間高分解能で、同時に観察する技術である(3D分子ムービー)。タンパク質の機能は、3次元的な構造とその動きに拠るのであるから、これは革新(核心)的な技術と言える。この技術の端緒は安藤敏夫教授によって開発された高速AFMによって開かれた。5年前に金沢大学が、安藤教授をセンター長にしてバイオAFM先端研究センターを設置したことの意義は大きい。実際に、この5年間の同センターの活動を中間報告書をもとに概観すると、期待にたがわない成果をあげていることがわかる。また、現在進行中の研究も有望な展開をしている。総評すると非常に高く評価できる。
2. 各部門の5年間の研究活動に対する講評
高速AFM研究開発部門:対象分子にタッチできるインタラクティブ高速AFM技術の開発は、いろいろな研究に鍵となる知見を与える。ステージを動かす従来のscanningではなく、さまざまな困難を解決してprobeの針を動かす高速scanningの実用化の目処をたてたことの意義も大きい。これによって、タンパク質の動きなどを高速AFMで観察しながら同時に蛍光1分子観察や光ピンセット操作をすることができる。高温での観察、針あるいは試料に付着した金微粒子による蛍光の局所増幅を利用したAFM観察位置における蛍光1分子観察、広域観察視野を持つ高速AFMの開発も進んでいる。また、走査型イオン伝導顕微鏡(SICM)の高速化の基本技術を開発している。高速SICMは、高速AFMとともに、生体分子の動きを見る一般的な方法となる大きな可能性を持っている。要するに、この部門は、非常に困難と思われている技術的課題にチャレンジし、困難をいちいち克服する方策を実現し、第二世代の3D分子ムービーの道を開きつつあり、その達成は非常に高く評価できる。
超解像AFM研究開発部門:周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)を液体中で使えるように技術開発し、固体表面からの高さ方向の物性情報も同時に得ることができるようになり、固体表面の水分子の水和の様子が実測できるようになった。高周波交流電圧の印加により、固体表面の電位分布を観察している。このFM-AFMについてもある程度の高速化を達成している。これにより、表面の水和が変化して結晶が溶解してゆく様子を観察している。FM-AFMの高い分解能によってチュブリンのへリックスのラセンを可視化し、C末端部分を同定している。いずれも高く評価できる成果である。
イメージング研究部門:高速AFMを使って生体分子や構造体の動きを動画として見て、未解決の謎を解明してきた。ミオシンVの後ろ足の人為的な解離による歩行の発見は、ひときわすばらしい成果である。ATP合成酵素の固定子リングの一方向回転的な構造変化やバクテリオロドプシンの3量体の協同性を直視することで、文句なしの証明を行っている。また、天然変性タンパク質の変性領域は、本当にランダムなヒモであることを発見している。そのほか、全国の有力な研究室との研究は非常に多岐にわたるが、そのいずれもが従来の手法の研究では明らかにできなかった発見を期待させるものである。総じて非常に高く評価できる。
分子・細胞研究部門:高速AFMにより細菌の外膜表面のポリンの網目状構造を可視化している。また、磁性細菌のマグネトソームを観察している。AFMで生きた細菌の細胞膜表面を観察したのはひとつの成果であり、対象によっては威力を発揮するだろう。しかし、現状では新しい生物学上の発見があったわけではない。主要メンバーの途中転出という事情もあり、他の研究部門と比べるとこの部門の活躍はやや劣る。
3.
優れている点(活動全体、研究成果など)
上記のとおり、全体として、見事な成果をあげている。世界に競合するグループのない独創(独走)的な研究が進んでいる。論文の発表状況も非常によい。
4.
改善すべき点(活動全体、研究成果など)
バイオAFM先端研究センターの活動について、これ以上の改善を言うのは望蜀のうらみはあるが、あえて二点を述べる。バイオ高速AFMは、それを称する市販品はすでにあるものの、限界までその能力を引き出せるのは、このセンター以外にないだろう。すでにワークショップなどで技術の教習を行っているのは評価できるが、さらに、職人芸の難しいところを(たとえば、良い針の作製法)を初心者でもできるように改良できるとよい。第二点は、分子・細胞研究部門は、イメージング研究部門に組み込むか、あるいは、細胞内小器官や細胞そのものを見るべく拡充するか、後半期に入るに当たって検討したらどうだろうか。
講評2.
1.センター全体の5年間の活動に対する総評
高速で高分解能にタンパク質分子の動態を溶液中観察できる高速AFMを開発して、応用研究で画期的成果を遂げた結果、学外協力研究6件(国内)、学外共同研究46件(海外14件、国内32件)の一大共同研究グループが本センターに組織化され、それが更なる研究成果を生み出しつつあることは特筆に値する。また、バイオAFM夏の学校を毎年開催して、共同研究の輪を国内外に幅広く広げる仕組みを構築し推進していることも高く評価できる。センターの陣容も、専属のテニュアトラック(TT)の准教授2名、TT助教2名、任期付き助教1名が新たに着任して、併任の5名(教授3名、准教授1名、助教1名)を含めて10名の人員となってきたが、多くのTTを得るために文部科学省のTT制度や個人選抜型TT制度を積極的に利用したセンターとそれを積極的にサポートしてきた金沢大学や、理工研究域、自然科学研究科を高く評価する。また、8件のプレナリー講演と4件のキーノート講演を含む112件の国際会議・海外の会議・セミナーでの国際招待講演や、106件の国内会議での招待講演と多数のセンター関連の報道も本センターの国内外での高い評価を裏付けるものである。外部資金獲得状況も本センターの優れた活動と成果に相応しいものである。以上まとめれば、本センターの世界に先駆けたオンリーワンの独創的研究は、ナノスケールのバイオ分子のダイナミクスの高速画像化と言う画期的で革命的な手法で、生命科学に新しい学術分野を確立しつつあり、金沢大学そして日本の看板となる研究活動であると高く評価する。
2.
各部門の5年間の研究活動に対する講評
高速AFM研究開発部門:本技術開発部門では、高速AFMの更なる性能向上を推進してきた。その活動が、本センターの活躍・業績に必須・不可欠であったと高く評価する。また、個々のユーザーのニーズに応えるために、試料ステージの広域・高速走査技術、大型試料に適用可能な探針走査型高速AFM技術、探針増強超解像全反射蛍光顕微鏡との融合技術、タンパク質分子の動態を観察しながらその分子を操作する技術、溶液インジェクションシステム、観察溶液の温度制御系開発など、必要な周辺応用技術、広範な試料系や現象に高速AFMを適用可能にする機能拡張技術の開発などを行ってきた。さらに、柔らかい生細胞膜の生理溶液下での形状観察などに威力を発揮する高速高分解能走査型イオン伝導顕微鏡(高速SICM)の開発も行っている。これら不可能に挑戦する新技術・新装置開発は、第二ステージとなる本センターの後半5年間での更なる飛躍に必要・不可欠であると認める。本部門では、バクテリオロドプシンの光誘起構造変化の観察、結晶性多糖分解酵素の運動観察、回転子の無いF1-ATPase分子回転の直接可視化、細胞動態の観察、ClpBリング構造のダイナミクス観察、時計タンパク質KaiA/B/C複合体の観察、回転子の無いV1-ATPaseやFlilの構造変化の観察などのバイオ応用研究も行って、多くの画期的な新知見を得ている。
超解像AFM 研究開発部門:高速の周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)開発、原子分解能を持つ超解像FM-AFM開発、固液界面への応用などを行う本部門では、3次元力分布計測技術の開発、液中電位分布計測技術の開発、液中FM-AFMの高速化技術の開発などの「超解像液中FM-AFM関連の原子分解能を有する高速AFM」の技術開発を行っており、その技術は世界トップレベルであると評価する。また、超解像FM-AFMの応用研究では、チューブリン分子集合体の表面構造に関する研究、脂質膜/水界面の3次元水和・揺動構造に関する研究、エチレングリコール末端自己組織化単分子膜のタンパク質吸着抑制能に関する研究、カルサイト(CaCO3)の成長・溶解過程の観察などを行って、原子分解能の水和構造、CaCO3の成長・溶解のダイナミクス、原子分解能のチューブリン分子集合体構造で画期的な知見を得ている。このような超解像の高速FM-AFMの技術開発と応用研究は、第二ステージとなる後半5年間で更なる画期的な成果に繋がると評価する。
イメージング研究部門:高速AFMを使って、生体分子のダイナミクス、タンパク質の微細構造や細胞のダイナミクス観察を行う本部門では、歩行運動中のミオシンVの動態観察、FACT, Hef, FliKなどの天然変性タンパク質の動態観察、Centralspindlinの構造形態の直接観察、コフィリンによって誘起されるアクチン繊維の構造変化の動態観察、抗体-抗原反応の1分子観察、ミオシンVのインタラクティブイメージング、足の短いプロセッシブミオシンの観察、PQBP-1,
NTAIL, PNT, Sic1, MeCP2などの天然変性タンパク質の観察、ユビキチンによるタンパク質翻訳後修飾のダイナミクス観察、Prxの酸化ストレス依存的なオリゴマー形成過程のダイナミクス観察、コラゲナーゼがコラーゲンを分解するときの動態観察、アミロイドβの凝集過程の観察などの多様な研究を進めてきた。現在、多くの重要で非常に興味深い新知見を見出しており、論文発表が待ち望まれる。特筆すべき重要な成果としては、天然変性タンパク質の天然変性領域(IDR)に含まれるアミノ酸数とIDRのEnd-to-end距離(R)の二乗の平均値が比例するという一般則を発見している。
分子・細胞研究部門:細胞や細胞オルガネラの現場でのタンパク質分子の機能動態や細胞で起こる動的現象を可視化する生物試料系の探索、構造生物学、細胞生物学などの研究を行う本部門では、細胞に損傷を与えず生きた状態でマイカ基板に固定する方法を開発した。そして、磁性細菌の表面構造の観察、グラム陰性細菌の表面構造の観察、磁性細菌のオルガネラ「マグネトソーム」の構造解析や糸状細菌Chloflexus
aggregansの滑走運動の観察を行ってきた。特筆すべき重要な成果として、高速AFMを用いた観察で、細菌の細胞表層にポーリン3量体が構成する共通した網目構造を発見している。なお、分子より遥かに大きい細胞や細胞オルガネラの観察のために高速AFM研究開発部門で開発中の広域/高速スキャナーや試料ステージの広域・高速走査技術、大型試料に適用可能な探針走査型高速AFM技術、探針増強超解像全反射蛍光顕微鏡との融合技術などが使用できる第二ステージの後半5年間では更なる画期的な成果が期待できる。
3.
優れている点(活動全体、研究成果など)
本センターは、2010年から2014年度のセンター発足前半の5年間の研究活動により、『新しい道具は、新しい世界を切り拓く』を地で行く画期的な成果を挙げた。具体的には、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を開発して、機能を阻害せずに様々なタンパク質分子の多様な動態を空間分解能1-2
nm、時間分解能サブ100 msで観察しただけでなく、様々な動態を統計的に調べることにより、タンパク質の機能動態学とも呼ぶべき新しい生命科学分野の学理を構築しつつある。本センターの活動が第二ステージに入る後半5年間には更なる飛躍が期待できる。発表論文には、インパクトファクター(IF)がIF=45.66のChem.Rev., IF=42.35のNature, IF=31.48のScienceなどIFが10以上のトップクラスの論文が13件もあり、また、IFが5以上から10に近い高レベルの論文も別途10件あることは特筆に値する業績である。
4.
改善すべき点(活動全体、研究成果など)
センターの活動や研究成果を更に強力に発信することを期待する。テニュアトラック(TT)の准教授2名、TT助教2名、任期付き助教1名は、注目すべき研究成果を出しつつあるが、無事TTを終了して昇進し、センターが更に強化されることを期待する。安藤センター長が、今後、国内の科研費特別推進やJSTのERATOなどの超大型予算獲得や国外からの予算獲得にもさらに積極的に挑戦して行くのを期待する。金沢大学が安藤センター長を国内外の著名な賞や章に積極的に推薦して、本センターの知名度を更に向上することを期待する。
講評3.
1.センター全体の5年間の活動に対する総評
本センターの過去5年間の研究活動と研究成果は、生物科学全体を見渡した中でも、とくに新規方法論の開発と応用という点で、突出したピークをなすものだと高く評価する。電子顕微鏡は固定試料の構造解析に優れ、シンクロトロン放射光施設は結晶構造解析に優れ、NMRは溶液中における生体高分子の動的構造解析に優れるなど、それぞれの目的に応じた物理的手段は世界的レベルで日進月歩だが、ナノメーターサイズの生体高分子の動きを、実空間で直接画像化できる「高速AFM法」という独自の手法を、安藤所長を中心に世界に先駆けて開発し、その応用力を十分に発揮している。世界トップクラスのジャーナルに幾つも論文を発表していることからも、それが裏付けられる。
注目すべきは、開発した高速AFM装置を、世界に開放し、その使用法をオープンにしていることである。毎夏、本センターに若手研究者を集めたワークショップを開催し、各自が持ち込む試料について、高速AFMの活用法を伝授している。このような普及活動は、センター自体の成果としては見えにくいが、確実に我が国における生命科学研究のレベル向上に寄与している。
センター設立から5年が経過し、無から有を生み、生命科学研究に大きな夢を与えた第一期を経て、現在、高速AFMの威力が世界的に認知され、第二期の定常期に入ったという印象を持つ。どの方法論も、このような時間経過をたどるが、今後、現状の高速AFM法が光学顕微鏡のように汎用機器として活用されるのか、もう一段と高いレベルの装置として飛躍するのか、今後5年の研究展開を期待したい。
2. 各部門の5年間の研究活動に対する講評
高速AFM研究開発部門:高速AFM装置の時間空間分解能の一層の向上や、広視野化と温度制御などの性能向上、光学顕微鏡との同時観察装置や、イオン電流の試料間距離依存性をイメージングする高速走査型SICMの開発など、新規装置を開発するための技術革新を進めており、方法論としてさらに進歩する余地があり、かつ、それを実行する力量があることを示している。AFMに限らず、様々な走査型顕微鏡の高速化というテーマは、本センターの一層の発展性を予感させるものである。
超解像AFM研究開発部門:AFM画像解析のソフトマター・生物試料への応用を目指す、本センターの中でも特色ある部門。固体表面における第一・第二水和層のイメージングを実現し、究極の超解像を追究している。いずれ、タンパク質表面の水和水の構造やその動態を、タンパク質機能との関係で明らかにするときが来るものと期待する。また、カルサイト表面での結晶成長におけるダイナミクスを、原子レベルでイメージングすることに成功。MD計算の結果と対比させつつモデルの作成を行うなど、新規の研究に成功しつつある。微小管といった生体分子集合体の離合・集散のダイナミクスのイメージングにも新生面を打ち出しており、全体的に研究の進展がみられる。
イメージング研究部門:高速AFM装置を用いて生物分子機械の動作原理の解明を目指す、本センターの目玉ともいえる部門。とくに、生体分子モーターの1分子での動きを捉えたいという安藤所長の長年の夢を実現しつつある部門である。世界をアッと言わせたミオシンVの歩行運動の直視(Nature誌)、バクテリオロドプシンの光応答性のダイナミクスの直視、回転対称性をもつF1-ATPaseの構造変化が回転子なしでも一方向に伝播するという著しい事実の発見(Science誌)など、他の手段では困難な、高速AFMの特徴を十分に生かした成果を挙げてきた。現在、ユビキチンやペルオキシレドキシン、大腸菌タンパク質、コラーゲン、アミラーゼなどの離合・集散や構造変化のダイナミクスのイメージング研究も堅実に進んでいる。分子モーターの研究では、カンチレバーを用いた力学的操作の手法が開発され、成功裏に応用された。また、興味深い生体試料や生命現象素過程を明らかにできる分子システムを持つ多くのグループとの共同研究も着実に進んでおり、その成果も注目される。
分子・細胞研究部門:細胞表面に存在するタンパク質集合体の構造とダイナミクスを高速AFMで観察し解析する研究の成果が挙がっている。細胞表面の動的構造イメージングは、細胞膜が柔らかいために非常に難しい。その困難を克服し、ポーリン3量体の構造と動きを明らかにした点を評価する。大腸菌の細胞表面にみられる網目構造の発見と定量化、磁性細菌の細胞骨格やマグネトソームのイメージングなども進展している。
3.
優れている点(活動全体、研究成果など)
本センターの最大の特徴は、高速AFMの開発を実現した技術力にある。現在も、その技術力を十分に活用して、高速AFMの性能の向上と、応用範囲の拡大に努めており、世界をリードしている点。それと相補的に、様々な応用対象を開拓しており、高速AFMの研究対象を自らの問題として把握することで、技術開発の焦点を具体的に把握している点。装置開発・性能向上と具体的応用という、研究の両輪を研究センター内で動かしている点などが挙げられる。
4.
改善すべき点(活動全体、研究成果など)
著しい成果を上げ、世界的な地位を確立した現在、とくに具体的に希望する改善点はないが、定常期に入った今こそ、10年後にも本センターが世界をリードする位置を維持するためにどうしたら良いかと考え、敢えて一言述べる。それは、生物物理学、細胞生物学的に興味ある研究テーマとして、これまでに大成功した、精製In
vitro系での1分子ダイナミクスや、細胞内部での1分子動態のイメージングの先にあるものは何かを検討し、それに向けての技術革新の可能性を、今から準備して欲しいということである。光学顕微鏡は、その簡便性のために細胞生物学における汎用機器として100年以上にわたって活用されているが、今でも超解像度法の開発と言った、ノーベル賞の対象となるような技術革新が行われている。それに匹敵する、目の覚めるような技術革新とその応用例を、もう一度見せて欲しい。
2013年度 講評
講評1.
バイオAFM先端研究センターは3つの内容で活動している。第一は、高速AFMを使った生体分子や構造体の動きの追求である。この課題では、ミオシンVの後ろ足の人為的な解離による歩行の発見など、すばらしい成果をあげている。全国の有力な研究室との研究の内容は非常に多岐にわたるが、そのいずれもが従来の手法の研究では明らかにできなかった発見を期待させるものである。論文の発表状況も非常によい。第二は、高速AFMの技術的な改良、新しい高速AFMの開発である。対象分子にタッチできるインタラクティブ高速AFM、蛍光同時観察できる高速AFM、走査型イオン電動顕微鏡の開発、など非常に意欲的であり、さらにパワフルなAFMの出現が期待できる。第三は、バイオ高速AFMの普及である。毎年、バイオAFM夏の学校を開催し、その技術の普及とともに、バイオ高速AFMによって解明される可能性のある研究対象を発掘している。以上まとめれば、バイオAFM先端研究センターは、期待通りのユニークで高いレベルの活動を続けており、高く評価できる。バイオAFM先端研究センターの活動について、これ以上の改善を言うのは望蜀のうらみはあるが、あえて一つ理想を述べるとする。バイオ高速AFMは、それを称する市販品はすでにあるものの、限界までその能力を引き出して初めて可能になる研究ができるのは、全国においてもこのセンター以外にないだろう。すなわち、このセンターの何人かのエキスパート以外にないだろう。そこでこのセンター以外でもバイオ高速AFMの限界的な使用ができるようにするには、センターにおいてさらに多数のエキスパートを養成し、現在在籍のエキスパートがセンターから他にポジションを得て新たな研究拠点を広げていく必要があるのではないか、と思われる。
講評2.
A.
研究の活動状況(研究内容、研究の進捗、研究発表実績、外部資金獲得、夏の学校開催などを含む)
センター全体:研究内容は適切で、研究の進捗状況も非常に優れている。今年度の研究発表実績も良いが、現在進行中の研究や今年度得られた研究結果がさらに優れた研究実績として今後の学会や論文で発表されると期待できる。外部資金獲得に関しても、センターの教員全員が可能な限りの資金を獲得してきていると評価できる。昨年度に引き続き、金沢大学発の高速AFM
と超解像液中FM-AFM
の普及活動の一環として、8
月19-25日の1
週間にわたって開催した第2回バイオAFM
夏の学校による普及活動や、若手育成や共同研究の拡大の努力は非常に高く評価できる。また、センター各部門間の協力や協働研究の状態、実績も非常に良いと認める。なお、セミナーの開催も、センターでの共同研究活動に有効であり、金沢大学の学生や教員が多方面に亘る最前線の仕事を知る機会にもなり、有効な活動であったと思われる。
B.
各部門の研究活動状況
⾼速AFM研究開発部⾨:装置開発に関して、高速AFM/一分子蛍光顕微鏡の開発はほぼ完成したと評価する。金コロイドのピックアップによる金属蛍光増強、CCDのフォトンカウンティングによる置き換え、複合機用広視野スキャナーの導入立ち上げはほぼ完成。カンチレバーの機械的クランプ固定法の導入、光ピンセットとの複合化はシステム搭載が完了して立ち上げ中。これらの挑戦的な新技術開発の進行状態を高く評価する。走査型イオン伝導顕微鏡(SICM)の高速化に関して、検出器の高速化により従来数kHz
だった検出器の帯域を400kHz
程度まで高速化したこと、キャピラリ抵抗に関しても、探針先端の円錐角を1deg
程度から15deg
程度にして一桁下げることができたことやキャピラリのみに高伝導率の電解液を充填することでキャピラリ抵抗を更に一桁程度下げることが可能であることがわかったこと、探針結合容量を探針先端部へのエラストマーの塗布で下げることが可能であることがわかったこと、作成した探針の円錐角、開口径を定量的に評価するための方法を開発できたこと、信号雑音比をキャピラリ抵抗や探針結合容量を下げることで従来の十倍以上に向上できたこと、スキャナを構成するピエゾ素子に低硬度の銀ペーストを使用し高伝導率の銅テープで被覆することによりスキャナの可動帯域を殆ど損なわずにスキャナからの放射ノイズを十分小さくできたことなど、画期的な進展が有ったことを高く評価する。また、高速AFMによるイメージング研究に関しても、タンパク質の脱凝集活性機能を持つシャペロンClpB
の観察、時計タンパク質であるKaiC
にKaiA
およびKaiB
が結合・解離する様子の観察などで、画期的な新しい知見が得られつつあることを高く評価する。
イメージング研究部⾨:
開発部門で開発されたインタラクティブモードを用いて、ミオシンV
の動きをAFM 探針で操作することに成功し、ミオシンV の分子内張力の獲得と力発生にATP の加水分解反応が必須ではないことを示し従来の定説を覆したことや、前脚を解離させても後方に進まないことを証明したことは、画期的な成果であると認める。脚が短いミオシンVI
とX
の歩行運動の観察で大きな歩幅を確保するような構造形態をとって歩行していることや、ミオシンX
に関してはミオシンV
よりも運動中に前脚の解離が起こりやすいことを明らかにしたことも重要な知見であると高く評価する。また、天然変性領域(IDR)を持つタンパク質(天然変性タンパク質:IDP)の高速AFMによる動的な構造形態変化の直接観察で、長大なIDR
がヘリケース部位とヌクレース部位の間に存在することを直接証明するなど、貴重な知見が得られつつあると認める。ユビキチン化反応の観察に関して、E2→E3→基質タンパク質間のユビキチン受け渡しのダイナミクスの高速AFM
観察が進みつつあるのを認める。26S
プロテアソームによる基質タンパク質分解過程のAFM
観察についても順調に進行中であると認める。コラーゲン分解におけるコラゲナーゼの観察やアミロイドβ(1-42)の線維成長の観察も進みつつあるのを認める。
超解像AFM
研究開発部⾨:
分離型スキャナや位相検出器を高速化し、位相変調AFM(PM-AFM)によってカルサイトの結晶成長過程を1
frame/s の速度で液中原子分解能観察することに成功したのは画期的な成果であると評価する。また、ステップ端の遷移領域で非常に興味ある現象を見出しつつあることを認める。光熱励振法に関して、光熱変換層を塗布して高効率変換を実現したのも高く評価する。さらに、分子吸着抑制表面に関して、抑制能の有るEG6-SAMと抑制能の無いOH-SAMの三次元水和構造の比較で非常に興味ある相違を見出したのを認める。
分⼦・細胞研究部⾨:
高速AFM
を用いて生きた磁性細菌をナノオーダーの解像度で液体培地中観察し、ポーリン分子3量体で構成される網の目状の細胞表層構造とそのダイナミクス(ゆっくりとした拡散運動)を昨年度発見したが、今年度、大腸菌や光合成細菌の細胞表層構造を高速AFM
を用いて観察し、これらの細菌の細胞表層も網の目状構造で被われており、細菌外膜表面に普遍的にみられる構造やダイナミクスであることを明らかにしたのは画期的な成果である。また、網の目状構造表面を吸着分子らしいものが移動する現象を見出したのも非常に興味が有り、今後の詳細な研究が期待される。
C.
バイオAFM研究や技術の普及に対するセンターの活動の効果を上げるための改善の可能性
センターの研究教育活動は、非常に順調に進んでおり、また、期待以上の多大な成果を上げつつある。他方、学内外や国内外との共同研究が急激に増加しており、共同研究を行うスタッフの能力を超えつつあるように思われる。金沢大学の看板となりつつある金沢大学理工研究域バイオAFM
先端研究センターは、ナノスケールのバイオ分子のダイナミクスの高速画像化と言う画期的で革命的な手法で、バイオ分野に新しい学術分野を確立しつつあり、センターのスタッフの増員や国内外からの協働研究者の長期受け入れも大学がより一層サポートすることにより、さらなる画期的成果が得られると信じる。また、安藤センター長が、今後、国内の科研費特別推進やJSTのERATOなどの超大型予算獲得や国外からの予算獲得にもさらに積極的に挑戦して行くのを期待する。さらに、金沢大学が安藤センター長を国内外の著名な賞や章に積極的に推薦して、センターの研究成果を国内外に強力に発信するのを期待する。
講評3.
私は、バイオAFM先端研究センターのアドバイザーの一人として、2012年3月より研究活動の報告を受け(例年3月に開催される報告会に出席して議論に参加し、講評)、過去3年間にわたる研究活動の内容を詳しく知る機会を得ました。
私の専門は、生物物理学の中でも生体分子機械(とくに生物分子モーター)の構造と機能ですが、とくにナノ分子機械の動きを実時間で捉えることのできる高速AFMの開発と応用に関して、新しい進展をいつも目の当たりにすることができ、私自身、他大学やJSTなどの研究アドバイザーを数多く経験していますが、本センターでの研究成果については、いつも大きな期待をもって拝聴しています。そこでの議論を楽しむことができています。以下、本センターの活動状況などについて具体的にまとめます。
A.
研究の活動状況(研究内容と進捗、外部資金獲得、夏の学校開催など)の評価
まず外部資金獲得について、2013年度に安藤センター長を代表とするJST/CRESTが採択されたこと、古寺氏がJST/さきがけに採用されたこと、そして、学振の科研費も研究者がそれぞれ獲得していることなど、多岐にわたり順調に進んでいると評価する。
例年開催している夏の学校では、日本全国から多数の応募があり、しかも、それぞれ高速AFMに相応しい具体的なテーマ(観察試料)を持って参加しており、AFMの普及に大きく寄与している。まだ夏の学校をきっかけとして発展し、完成した研究成果は少ないかもしれないが、高速AFMを用いた研究の裾野を広げる上で、確実に貢献していると言える。
本研究センターにおける研究成果については、すでに世界的なジャーナル(Nature、Scienceなど)に幾つも発表されていること、そして高速AFMの威力をまとめたレビューも、世界的なレビュー誌に多数発表されていることから、高く評価できる。とくに、高速AFMの特徴を十二分に生かした、生体分子モーター(Myosin
Vなどのリニアーモーターや、F1-ATPaseなどの回転モーター)の動きを実時間で捉え、かつカンチレバーによる力学操作によって機能操作をするといった研究は、この分野の研究者たちを驚かせている。世界の最先端をリードする、他の追随を許さない研究成果である。
B.
高速AFMを普及するためのセンターの活動について
これまで安藤センター長の方針で、高速AFM装置とその活用法を具体的に広める活動を続けてきた。商品として販売するだけでなく、バイオAFM先端研究センターの装置を開放して多くの共同研究を進め、かつ夏の学校などを通して若い世代への伝承にも力を入れるなど、高速AFMを最大限に活用するための多角的な施策を実行してきたといえる。装置開発についてはあくまでも本センターで行われているので、今後とも技術レベルの向上について、本センター発であり続けられれば、その技術の普及については今まで通りにオープンなものである方が(研究成果をAFMセンターが独り占めにしなくても)、十分に大きな評価を得られるものと考える。技術開発を継続しつつ、その活用については独占することなく広めるという方針を貫くことが肝要だろう。
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